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トリンプエッセイ/Triumph Essay
角田 光代
1967年、神奈川県生まれ。小説家。エッセイスト。
'90年『幸福な遊戯』(角川書店)で作家デビュー、『海燕』新人文学賞を受賞。
その後、いくつもの文学賞を受賞し、'04年『対岸の彼女』(文藝春秋)で第132回直木賞受賞。
のびやかで爽やかな文章が、女性を中心に人気を集めている。
近著に『何も持たず存在するということ』(幻戯書房)など。
スポーツクラブで学んだこととは
 自分以外の女性がどんな下着を身につけているか、じつは、まったくといっていいほど知らない。見せ合う機会は、まずない。女友だちと温泉にいっても、着替えをじろじろと見るわけにはいかない。こそこそっと手早く脱衣して、さっさと風呂場に向かうのがふつうだ。
 服ならばすぐにわかる。この年齢になってこの格好は子どもっぽい、とか、この組み合わせはちょっと派手すぎる、とか、私たちは他の同性を見ることによって、なんとなくだが「服常識」を身につけることができる。が、下着はそうはいかない。どんな下着が自分の年齢にふさわしいのか、どんな下着が派手で、どんな下着が地味なのか。どのくらいの期間、身につけ続けて許されるのか。同性の下着を見る機会はないし、女性誌のようにわかりやすい年齢別のファッション的カタログもない。
 そんなことを考えるようになったのは、スポーツクラブに通いはじめてからだ。スポーツクラブの更衣室では、あらゆる年代の同性の下着姿にお目にかかれるのである。もちろん無遠慮に眺めるわけにはいかないが、女性たちはみな、あっけらかんと着替えたり、下着姿のまま髪を乾かしたりしているので、見ようと思わなくとも目に入ってくる。
 そしてこの更衣室で、私は衝撃の真実に気づいたのである。私の下着、なんだかくたびれている!
 大勢の前で着替えることを前提としているからか、あるいはそれがすでに常識であるのか、スポーツクラブの女性たちはみな、じつに美しい下着を身につけている。私のように着古した下着を平気でさらしている人なんて、だれもいない。それにまあ、なんとじつに多彩、かつ個性的。ジーンズにシャツ姿のこざっぱりした人は、シンプルでスポーティな下着。小花柄のフレアスカートの人は、レースのあしらわれたフェミニンな下着。洋服の趣味と選ぶ下着には、どうも共通点があるらしい。それが個性ということだ。
 スポーツクラブ通いをはじめてすぐ下着売場に直行したのは言うまでもない。それまでは、なんとなく無難なもの、白や淡い色の服を着たときに目立たないような色ばかりを選んでいた私だが、そんなことにもなんだか嫌気がさして、服を選ぶように、好きなデザイン、好きな色を買うことに決めた。これ、すてきと思ったものを身につける、それがすなわち「下着常識」なのであるなと、スポーツクラブの更衣室で学んだのである。
 ちなみに、そのスポーツクラブに通うまではいっさいの運動と無縁に過ごしてきた私は、スポーツブラという存在も、このクラブで知った。それまでは、ごくふつうのワイヤー入りを身につけたまま「なんか動きにくい」と運動していたのだ。さっそく買ったスポーツブラは、じつに快適に体が動かせて、そんなことにもびっくりした。
 スポーツクラブに入会したときは、よもや下着について学べるとは思っていなかった。ありがたい一石二鳥である。
 
Illustration SACHIKO ISHIZUKA
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