きりりとボディスーツで身を固め、ビル街のオフィスで男に混じってばりばり働いていたころのわたしは、ウエストが五十九センチで、見事なくらい引き締まっていた。ところがいまはどうだろう。まんまるなおなか。錘(おもり)をぶらさげているように重い。なんだか、手足がばらばらな感じで、からだの輪郭全体も緩んでいる。というのも、臨月だから。窮屈でならないので下着を外して楽している。もうすっかり、以前のわたしじゃない。
仕事を休んでからのわたしの暮らしは、だいたいが、お散歩。おたまじゃくしの泳ぐ池や、芋畑の広がるあたりを、四歳になる息子を連れて、ぶらぶらする。
「ママのおなか、地球みたいにおおきいねえ」
わたしのおなかに頬をすり寄せて、息子が言う。「もしもし、こちらお兄ちゃんです、聞こえてますかあ」と、口を当てて言う。
わたしがいつもそばにいるようになり、かなりうれしいらしい。泥んこになって、手足の生えたおたまじゃくしを素手で捕り、「はい、お祝いのプレゼント」と、くれたりする。逞(たくま)しい息子を見ながら、わたしは朝の空気をおなかいっぱい吸う。おなかの子に行き届かせるかのように、いっぱい、いっぱい。ああでも、出産後の体型がもとに戻るか、かすかに心配だわあ。
「これなあに。ころころで、まんまるだね。お花?」
息子がしゃがんで、訊(き)く。
「これはね、露。芋の葉っぱの上だから、こんなにまんまるになれるのよ」
こたえながらわたしは、久しぶりにじっくり芋の露を見て、「本当に、しあわせそうに、まんまるだわあ」と、感心した。まんまるというのは、宇宙の仕組みのなかの大事なひとつで、わかりやすいしあわせの形だと思う。
「触るとこわれちゃうんだね」 |