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トリンプショートストーリー/Triumph Short Story
大道 珠貴
1966年、福岡県生まれ。小説家。福岡県立福岡中央高校卒業。
19歳から書き続け、24歳で放送局の脚本家としてデビュー。
'00年、『裸』(文藝春秋)が第30回九州芸術祭文学賞を受賞し小説家デビュー。
'03年、『しょっぱいドライブ』(文藝春秋)で第128回芥川賞受賞。
'05年、『傷口にはウオッカ』(講談社)で第15回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。
やさしく強く世の中のかたちにとらわれず、人間味ある作品で多くのファンをもつ。
はじめまして
 
 きりりとボディスーツで身を固め、ビル街のオフィスで男に混じってばりばり働いていたころのわたしは、ウエストが五十九センチで、見事なくらい引き締まっていた。ところがいまはどうだろう。まんまるなおなか。錘(おもり)をぶらさげているように重い。なんだか、手足がばらばらな感じで、からだの輪郭全体も緩んでいる。というのも、臨月だから。窮屈でならないので下着を外して楽している。もうすっかり、以前のわたしじゃない。
 仕事を休んでからのわたしの暮らしは、だいたいが、お散歩。おたまじゃくしの泳ぐ池や、芋畑の広がるあたりを、四歳になる息子を連れて、ぶらぶらする。
「ママのおなか、地球みたいにおおきいねえ」
 わたしのおなかに頬をすり寄せて、息子が言う。「もしもし、こちらお兄ちゃんです、聞こえてますかあ」と、口を当てて言う。
 わたしがいつもそばにいるようになり、かなりうれしいらしい。泥んこになって、手足の生えたおたまじゃくしを素手で捕り、「はい、お祝いのプレゼント」と、くれたりする。逞(たくま)しい息子を見ながら、わたしは朝の空気をおなかいっぱい吸う。おなかの子に行き届かせるかのように、いっぱい、いっぱい。ああでも、出産後の体型がもとに戻るか、かすかに心配だわあ。
「これなあに。ころころで、まんまるだね。お花?」
 息子がしゃがんで、訊(き)く。
「これはね、露。芋の葉っぱの上だから、こんなにまんまるになれるのよ」
 こたえながらわたしは、久しぶりにじっくり芋の露を見て、「本当に、しあわせそうに、まんまるだわあ」と、感心した。まんまるというのは、宇宙の仕組みのなかの大事なひとつで、わかりやすいしあわせの形だと思う。
「触るとこわれちゃうんだね」
「そう、とってもはかないものなの。そっとしておこうね」
  息子は神妙な顔つきになり、うん、と、こっくりうなずいた。そうして、道端に咲く、星の形やら鳥の羽の形をした草花を、よしよし、と撫ではじめた。けなげに、ひそやかに、育っているものたち。ささやかで、決して花屋では売られていない。でもこんなふうに毎朝、違った表情を見せ、活力を与えてくれる。あ、草花みたいな小花模様の下着なんていいなあ。目を凝らしてやっとわかるくらいの、可憐な、そんな模様の下着に包まれていれば、自然と、小さなものにも目の行き届く、こころにゆとりのあるおかあさんになれそうじゃない? 仕事に復帰してお給料を貰ったら、そういうのを町へ出て探してみようかしら。
「もしもし、応答せよ」
 息子が甘えるように、わたしのおなかにしがみついてきた。口を当てて言う。「早く出ておいで。早くいっしょに遊ぼうよ」
 わたしは、くすぐったい。そしてとてもいい気持ち。息子をしっかり抱きしめる。もうすぐ、はじめましてね。まるでそう返事をするかのように、おなかの子が、足を力強く動かした。
 
Illustration JUNKO MOTO
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