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トリンプショートストーリー/Triumph Short Story
大道 珠貴
1966 年、福岡県生まれ。小説家。福岡県立福岡中央高校卒業。
19 歳から書き続け、 24 歳で放送局の脚本家としてデビュー。
'00 年、『裸』(文藝春秋)が第30回九州芸術祭文学賞を受賞し小説家デビュー。
'03 年、『しょっぱいドライブ』(文藝春秋)で第 128 回芥川賞受賞。
'05 年、『傷口にはウオッカ』(講談社)で第 15 回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。
やさしく強く世の中のかたちにとらわれず、人間味ある作品で多くのファンをもつ。
 
三面鏡
 
 
 祖母の家に遊びに行くとわたしはまず、ふかふかの座布団を抱えて二階の空き部屋へあがる。窓によじ登り、屋根に渡って、日向ぼっこをするのだ。ポケットにはお菓子がたくさんつめ込まれている。くじつきのフーセンガム、おまけつきのキャラメル、スズメのえさにするためのポン菓子。
  何度も屋根から落ちかけたけれど、平気だった。スリルをスリルとも思わず、植物がお日様へ向かって伸びるように、自分の好きなほうへぐんぐん成長していたという感じで、いつだって身体の出っぱったところー肘や膝やお尻ーには切り傷やかさぶたや青あざがあった。ただ不思議と顔には傷ひとつつくらなかった。無意識にもどこかで女の子は顔をかばって生きているのだと思う。
  ある春の日のこと、いつもの日向ぼっこでうっとりし、いつかいろんな鳥たちと話せるようになりたいなぁ、なんて考えていたら、ふと、空き部屋に人の気配がした。着替えをはじめている。するするとスカートを脱ぎ、あっという間にスリップ一枚の姿になった。
「あら、なぁんだ、男の子みたいなことして」
  屋根の上のわたしに気づき、桜色の唇を開く。五人姉妹のうち、末っ子で、三ヶ月前に嫁いだばかりの叔母が、里帰りしていたのだった。空き部屋は娘時代の叔母のもので、まだ荷物がいくつも残っている。
  どっしりとした三面鏡をばたんばたんと開くと、妙に真面目な顔して自分の全身を見つめる叔母。あっちの面にもこっちの面にもその奥にも、叔母が映る。いろんな叔母がいる。わたしは三面鏡の見かたがうまくない。目がくらみそうになってしまう。それに別の世界へと吸い込まれそうで気味が悪い。窓枠に腰をかけて足をぶらぶらさせながら目の前のその人をじかに見た。つるんとした真っ白な肘、膝。やわらかな光線が差し、お尻の形に沿って、スリップが滑らかに揺れる。わたしとはまるでべつの生き物みたい。下着姿の女性の身体を美しいと思ったのは、この時が初めてかもしれない。
「いいこと教えてあげようか」
  ジーパンと卵色のラフなセーターに着替え、髪を高い位置でくくり、娘時代に戻ったみたいな叔母は、三面鏡から目を離さず、化粧直しをしている。
「満月の夜、丑三つ時にね、この鏡を覗いてごらん。右肩にあんたの将来のだんなさんが映るからさ」
  紅差し指を使って唇に淡い艶を伸ばしながら、嘘つきな顔して鏡のなかから笑いかけてきた。
「ほんとうよ。あたしのだんなさん、ちゃんと映ったんだから」
  ひときわ美しくなり、自分で自分へ言うように、自信を漲らせてー。
  大人になってもまだわたしはその三面鏡で自分をうまく見たことがない。
   
 
 
Illustration JUNKO MOTO
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