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トリンプエッセイ/Triumph Essay
三浦 しをん
1976年、東京都生まれ。小説家・随筆家。早稲田大学第一文学部卒業。
出版社に就職活動中、入社試験の作文から執筆の才能を見いだされる。
'00年、処女小説『格闘する者に○』(草思社)を出版。
'06年、第135回直木賞を『まほろ駅前多田便利軒』(文藝春秋)で受賞。
『風が強く吹いている』('06年/新潮社)は2007年本屋大賞で第3位。
ほかに、小説『仏果を得ず』(双葉社)、エッセイ『悶絶スパイラル』(太田出版)など著書多数。
〜Special Short Story〜
「誤算の勝負下着」
 小さな旅行鞄を必死に探り、クマの顔がバックプリントされたパンツしか入っていないのを確認した私は、「やられた」と思わずつぶやいた。連れだって大浴場へ向かおうと、直之はすでに浴衣に着替えて、部屋の戸口で待っている。
 彼氏との週末の一泊旅行にふさわしい、澄んだ水色の、レースがついたかわいいパンツを鞄に入れたはずだったのに。犯人はわかっている。姉だ。
 昨晩、姉と喧嘩した。姉が私のCDやら服やらを黙って借りていくのが勘に障って、「勝手に部屋に入らないでよね」「いいじゃん、ケチ」と口論になった。姉はその腹いせに、荷造りしてあった私の鞄から水色のパンツを抜き取り、替わりにクマのパンツを入れたのにちがいない。まるで子どもだ。
 今日一日穿いていたパンツを、湯を浴びたあとにまた身につけるのもなんだか嫌だ。しかたがない。私はクマのパンツをバスタオルの陰に隠し持った。「お待たせ」と直之に微笑みかけ、旅館の大浴場へ向かう。今夜、私がクマ柄のパンツを穿いていることに、どうか直之が気づきませんように、と祈った。
 
 
   翌朝になり、私は旅館の部屋の洗面台に向かってマスカラを塗っていた。室内はあたたかかったから、下半身はパンツを身につけただけだった。そこへタイミング悪く、直之が入ってきた。「そろそろヒゲを剃りたい……」と言いかけ、直之は動きを止めた。
 鏡に映る直之の視線はばっちりと、私のお尻――間の抜けたアニメ調のクマが、ウィンクして舌を出している絵柄のパンツ――へ向けられていた。
「力抜けるなあ」
 直之は肩を震わせて笑いだした。「いや、でも、かわいいクマだね、うん」
「ちがうの、これは姉のいやがらせで……」
 言い訳しようとしたが、なんだか私もおかしくなって、笑ってしまった。
 午後に帰宅した。私の怒りを察知したのか、姉は留守だった。夕飯までには帰ってくるだろう。私は先に風呂に入ることにし、着替えを取りだすために自室の箪笥を開けた。ラベンダーの香りがこぼれた。下着をしまってある引き出しに、薄紫色の匂い袋が入っていた。「ごめんね」と、姉の字で書かれた小さなカードも一緒だった。
 また勝手に部屋に入って。私は一人でしかめっ面を作ったが、本当はもう怒っていなかった。さわやかな香りが、楽しかった旅の思い出を優しく包んでくれた。

 
Illustration KAYANO
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